『大真理オーガ教』
2001-09-01


※僕は辟易とした満員電車の中で、不思議な美女と出逢った。平々凡々と流れる時間の中の非日常の吸引力。家庭内で起こるカルト宗教。いちおう、怪奇ホラーものです。未熟だけれど、テーマは結構好きかな。

 上の住人が気になる。

 僕は元来かなり神経質な質であるので、例えば就寝中に、家具が軋んでたてる「ミシッ」という音にすら、目が醒めてしまうほどなのだが、ここ数週間それが酷くて困る。
 というのも、この賃貸マンションに越してからそれまでの一年間、僕の上の部屋(僕は405号室なので、505号室になる)はずっと借り手がおらず、空き部屋になっていた。だから上の騒音には全く悩まされなかったわけだが、数週間前、正確には三週間と三日前になるが、505号室に住人が越してきてからというもの、騒音について悩みが耐えない。
 日中は僕は仕事に出ているから、もちろん気にならないのだが、不思議なのは夜中だ。決まって、深夜十二時になると、寝室の天井から、こんな時間に大工仕事かと思われるほど規則正しい音で、ドンドンドンドン響いてくる。丁度寝ようと床につく時間帯なので、近頃では不眠症に近い状態になってしまった。
 いったい、上の奴等は何をしているのだ? こんな夜中に。しかも、決まって同時刻に。

 ああ、今夜も眠れない。




 それからさらに一週間がたった。深夜十二時の騒音は、相変わらず続いている。
 僕は不眠のため、相当ストレスがたまりカリカリした状態であった。ふと脳裏に、幼い頃テレビニュースで見た、マンションのピアノ騒音に悩みついには凶器で階下の住人を惨殺した、殺人事件のことがよぎった。
「まさか、僕はそんなこと……」
 ヘヘヘと笑って、背筋に冷たいものが走ったのをごまかす。
 こんな不安定な精神状態でも、それでも朝になれば仕事に向かわねばならないのは、サラリーマンの辛いところだ。
 僕の場合、若くに結婚したものの、数年後離婚して子どももいない。それから三十八歳になる現在まで、悠々自適な独身生活を送っているわけで、守るべき家族というものがないのである。なのに何故、こう毎日会社に通い、上司に頭を下げ、取引先に頭を下げ、部下の尻拭いをしているのだろうか? 自分一人ならば、適当なアルバイトでもすれば充分やっていけるはずだった。元々無趣味で金の使い方を知らない僕は、かなりの蓄えもあるから、当分は無職でいても構わない。
 僕の本棚には、『月刊・自然と過ごす脱サラ生活』なんぞが並んでおり、アウトドアスタイルの日に灼けた同世代達に、ページをめくる度、僕は羨望するのだった。ようするに、自然でなくともいいのだ。今とは違う生活に憧れていたのだ。
 だが──結局、僕は会社から逃れられないでいる。ちっぽけな自尊心は、僕を「善良なる、いち社会人」から外れることを許さなかったのである。よって、今日も僕は、ぎゅうぎゅう詰めの電気の箱に乗って、会社へ、会社へ、会社へ……

 満員電車は、僕の思考をぶつりと停止させる。前後左右から押しつけるように固定され、自分の意志と関係なく立ち続ける様は、まるで雁字搦めに縛り上げられた人形だ。もしくは、ドナドナだ──ぎゅう詰めの荷馬車で売られて行く、悲しみを叫ぶはずの喉を理性で潰された子牛。こんな時、僕の脳味噌は、考えるということをやめてしまう。何も考えるな、何も思うな、何も感じるな。そうすれば、目的の新橋駅までアッと言う間に到着するんだから──それが、僕が十五年間の電車通勤で身に付けた、最善の選択だった。
 しかしその日は違った。単なる偶然か、それとも奇跡が起こったのか。

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